Mar 9, 2015

Kumiko, the Treasure Hunter (2014, USA)

好きな映画は?と聞かれたら確実にベスト10には入るだろうな、コーエン兄弟の「ファーゴ」。ストーリー展開はもちろん、Steve Buschemi やWilliam H. Macyといった個性派キャストがすばらしいし、あの極寒の舞台に、最高の音楽が素晴らしくマッチして、決して気分のよくなる映画ではないんだけど、たまーに観直したくなる「The 映画」って感じの大傑作。この映画の最初に、”This is a true story...." と紹介されるので、実際に起こった事件を基に作ってるんだとばかり思ってたけど、実際はこのような事件が起こったことはなく、これもコーエン兄弟の演出らしい。まあ、実話なのかそうでないのかはこの際どうでもいいといえばどうでもいいのだけど、、、。

ところが、このストーリーを"実話"と信じた日本人女性が、あろう事か「FARGO」の映像を手がかりに、あのスティーブ・ブシェミが隠した大金の入ったブリーフケースを探しに行くという、なんともユニークで個人的にそそられまくりの設定の映画KUMIKO, the Treasure Hunterが近日公開されるとのこと、先週スクリーニングがあったので観に行ってきた。

前知識無しで観たのだけど、実はこの不思議なストーリーは、2001年に実際にノースダコタのファーゴ近郊で日本人女性の遺体が発見された時に広まった都市伝説が元になってるということで、これまたびっくり。試写後のディレクターの話によると、その噂話を知って興味を持ち色々調べたがそれ以上のことは何も分からず、映画のストーリー自体はこの設定から想像を膨らませて作った全くのフィクションとのこと。いわゆるインディーの小さな映画だけど、どうってことない一つ一つのシーンがそれぞれとても魅力的でなかなかおもしろい映画だった。ディレクター本人達に加え、たくさんの素人が出演してるのだけどみんなすばらしいし、菊池凛子もはじめてちゃんと見たけどなかなか良いな。







この映画のポスター、衣装が雪ん子みたいでなかなかかわいいが、、、
(これが何かは見てのお楽しみ)



どうもタイトルのフォントが気になって仕方ない。どっかで見た感じだなぁと思ったら、、、、












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Oct 26, 2014

「遷宮と日本人」 by テディ・クックスウェル

数ヶ月前に立ち上げた、日本のよいモノを世界に向けて紹介するオンライン・セレクトショップ 「IPPIN PROJECT」の中にブログのコーナーがあるんですが、第1回目のブログは伊勢神宮に関するものにしようと決めていました。今年が20年に一度の式年遷宮の年であるということ、また、この遷宮という行事と「日本のものづくり」が切っても切れない関係にあるからです。で、この記事は彼に頼むしかいない、と一緒にお伊勢参りをした友人 Teddy Cookswell にお願いし、過去2回にわたって掲載、今回、最終章をアップしました。博物館等の文化施設のデザイナーであり、CGを巧みに操るイラストレーター、映像作家でもあるテディ、忙しい中どうもありがとう!
それでは、「遷宮と日本人」日本語版全3章をあわせてどうぞ!







遷宮と日本人

第1章 太陽、農民であった日本人の精神的礎


カトリック教徒にはバチカンが、イスラム教徒にはメッカがあるように、伊勢神宮という神道の聖域が日本にあります。日本には約9万の神社があるといわれていて、伊勢神宮はその頂点に存在します。その伊勢神宮で20年おきに約1300年も続いている伝統の行事が式年遷宮であり、今年はちょうどその遷宮の年に当たります。

IPPIN PROJECTでは、主に日本の伝統文化や価値観、美意識に基づいた商品を紹介しています。日本人の「もの」への情熱、それは古来から続く神道という日本 独自の風習にまで同化した哲学に似た宗教観によるものだと私は思っています。日本人とものづくりについて考えるとき、まずは、遷宮の年でもありますし、この遷宮に関して3回に分けて書いてみようと思います。

500年ほど前から布教が始まった島国フィリピンでは、現在国民の90%近くがキリスト教徒です。さほど変わらない時期にスペイン人の宣教師フランシスコ・ザビエルも、布教の為に日本に来ました。しかし5世紀経った現在、キリスト教徒の数は人口の3%ほどにとどまっています。G8の国々で唯一キリスト教国では無く、万物に神性が宿るアミニズム(多神教)を信じ、現在では無宗教の人々が住む国といわれています。そして日本は現在、GDP3位の経済大国、先端技術の国としても知られていますが、150年ほど前に世界へ開国する前は、国民の多くが農業と漁業で慎ましやかに暮らす国でした。世界的な流通網の無い時代、当然ながら飢餓もあり、豊作や豊漁は家族を維持するための喜びでした。今の様に飽食は無く科学のなかった時代を生きた先祖たちは、喜びの先に何を見つけたのでしょう?おそらくそれは感謝という気持の発露だったと思います。

自然から恵みを受けた日本人の先祖は、生活する土地とのつながりが非常に強く、その土地土地に神々が宿ると考え、土地や海へ感謝する場所を設けまし た。五穀豊穣は、コミュニティ皆で共有する喜びであり、その感謝を神に捧げる場所が必要でした。自然への感謝は、恐らく世界中で行われていたと思われます が、日本人は今だそのシステムを大切にしています。森羅万象に感謝を捧げる場所、それが「神社」です。

五穀豊穣とは、直訳すると「豊かに育った5種類の作物」の意味ですが、時代によってその5つの定義は変わるようです。しかし、一つだけ日本人が譲れない穀物があります。それは、お米。寿司に代表される様に、日本料理の主軸は米です。米無しでは日本文化を語ることは出来ません。米にかける情熱は外国人から見れば尋常ではなく、本来亜熱帯植物であった米を、スイスとほぼ同じ緯度である北海道で収穫出来るまで長い時間をかけて品種改良をしてしまいました。 日本で米を食べる文化は、確認されているだけで3千年前からあり、開国する前までは、石高と言って米は、貨幣単位でもありました。米を育む土地は、先祖 代々受け継がれてきたものであり、江戸時代までは価値を付ける事が出来ない貴重なもので、売買や投資の対象にされることはありませんでした。貨幣概念の無い未開の国の様に思われるかもしれませんが、我が先祖の名誉の為に申し上げますと、開国時に経済が欧州の最先端科学として日本に輸入された際、翻訳できなかった言葉は無かったそうです。先物取引に至っては、ヨーロッパより半世紀早く運営していました。にもかかわらず米を育む土地はかけがえの無い存在として 大切にされてきたのです。日本人が好む水稲の短粒米は、肥沃な土地、清らかな水、そして暖かい気温を育む、おおらかな太陽の光が揃わないと栽培出来ない非常に贅沢な穀物で、どれか一つ要素が欠けても育成できません。

そして、太陽が無くては、米はおろか生命すら存在しません。植物はもちろん、それに依存する動物、そして人間も例外では無く多くのテクノロジーを産み出す電力の多くは石油から作られ、その石油でさえも過去に生きた植物が太陽の力を借りて作った体の化石です。夜を照らす月の光りでさえも、太陽の光を反射して光るのであって、太陽が無ければ地球は文字通り物理的にも精神的にも漆黒の闇となります。全ての生命は太陽に依存しているのは科学的事実です。農民であった日本人は経験地として、そして直感的に太陽を崇める最高の存在とするのは至極自然のなりゆきだったのでしょう。日本は、アイデンティティとして太陽を国旗に記しましたが、神道上の最高神も女性の太陽神、天照大神として伊勢神宮に祀られています。

ニュートンが虹を解体して詩的な美しさを奪ったと詩人のキーツは嘆きました。太陽系の中心で水素爆発を繰り返す地球の110倍の大きさの天体に、神性と人格を投影することを数千年前から現在も続けている国です。その国の子供達は太陽だけでなく万物に神性が遍在していると親からなんとなく教わります。 その親は学校や宗教施設で教わった訳ではありません。代々口頭伝承として受け継がれて来たのです。子ども達が社会に出て何かを生み出す際、それがネジ1本であろうが、最先端素材であろうが、子供への弁当であろうが、言葉をかけたりして、思い入れをかけるのです。それはものだけでなく、他人に対しても同じであり、日本製を生み出し、日本の社会を構築しているのです。



第2章 自然を敬う場所、神社


神道、1.5万年以上前の縄文時代に端を発し、開祖は存在せず、体系立って印刷された教義はなく、強制性がありません。にも関わらず受け継がれている日本特有の土着宗教です。

日本人の多くは神など信じないと否定します。しかし、日本人は年の瀬になると1年を振り返り、「ああ、今年は良い年だった、悪い年だった」と思いを馳せ、新年を迎えると、初詣と言って近くの神社やお寺に行くのです。ほとんどの日本人が行くといわれるこの「初詣」は、近くの神社に新年を迎えられたことを神へ感謝する挨拶で、無宗教と言われる日本人が無意識で行っている宗教行事でもあります。日本人にとって宗教は「風習」という言葉に置き換わっているのかもしれません。無宗教を自負する多くの日本人は、面白い事に初詣に行かないと落ち着かず、何か風呂に入れなかった1日の終わりの様に居心地の悪さを感じます。国土に水が豊富であるのも幸いし風呂に愛情を注ぐ日本人ですが、これも神道が関係していると言う人もいます。神道では、ケガレを嫌います。ケガレとは精神的にも肉体的にも清潔でない状態の事を表します。一日の労働を終え、明日に向けて精神的なリセットをする為、物理的にも清潔な状態になる様、沐浴の習慣があります。日本人は、一日でも沐浴をしないと不平を守らすと500年前の宣教師ザビエルが書き残している様に、古来から日本人は清潔である事を望むのです。

次回の伊勢神宮のお話の前に、今回は神社の話をしましょう。神社とは、日本の土着宗教である神道の祭祀施設の事です。キリスト教国に教会が、イスラム教国にモスクがあるように、日本全国には、この神社が9万近くあると言われています。英語ではShinto Shrineとして表現される神社ですが、ここ近年、日本国の神社本庁は、英語表記にJinjaとするよう働きかけているようです。カトリックを例にとると、最寄りの教会が神社、バチカンが伊勢神宮と考えていただけると分かり易いのかもしれません。

神社を見つけるのは簡単です。日本をイメージするアイコンの一つである「鳥居」があればそこから先は神社です。日本国旗の太陽と同じ、朱色に塗られ た(塗られていないものもあります)門の事です。この鳥居は、地図上にも神社の記号として表記されますが、ここから先は神の領域ですよ、というサインです。

話はそれますが、鳥居の面白いお話をしましょう。住宅街のある所で、心ない人達によりゴミが捨てられる様になりました。そこで、ある人が面白半分で自作の小さな鳥居を作り設置しました。ごみを捨てる人が躊躇したのか、それとも鳥居があるので心ある人がゴミを拾う様になったのかは分かりませんが、その後ぱったりとゴミ捨てが無くなったそうです。

鳥居をくぐり参道を抜けると、神は天高い所に居ると言う人類が無意識でシェアしている概念からでしょうか、お社(神の降臨する場所)は高台にあります。石の階段を登って行くと、多くのお社は、塗装すらされていない質素な木製の建物です。例外もありますが、その慎ましやかな建物の中には、一番大切なものとして「鏡」が置かれています。神に会いに行くと鏡が置いてあるのです。その鏡の存在が示す様に、お祈りやお願い事をするのは自分自身であり、その結果に感謝するのも自分自身であるのかもしれません。それはまるで、哲学を含蓄したコンセプチャルな現代美術の様です。また、場所によっては神社の中に入っても建物はなく、滝、岩、巨木、そして森や山自体がご神体として祀られている神社もあります。日本では、道ばたの石、食器、トイレ、神は至る所に遍在しています。鏡が記す様に、それは人間、個人個人にさえも。キリスト教の神は偏在するという概念に似ています。

もし、日本に来られる機会があり、新幹線に乗って旅をされる時は、田園地域を通過する際に目を凝らしてみて下さい。広がる田んぼの所々に、こんもりとした森を見つける事が出来ます。大抵それらの場所は「鎮守の森」と言って、古くから続く神社がある場所です。五穀豊穣を祝う村祭りもここで開催されま す。この鎮守の森は、自然科学の見地から考察しても生物の多様性を育む重要な場所でもあるのです。鳥居から入った聖域のものは、神様のものですから落ち葉一枚でも、持ち帰る事は良しとされていません。太古の昔から土地土地の先祖が不可侵として守ってきたものなのです。

西洋化を導入し、エコノミックアニマルと称されそれを否定せず、利便を追求した結果国土をコンクリで固めてしまった日本人ですが、鎮守の森には絶対に手を出しません。神とは自然であり、自然とは神であり、絶対に手を触れてはならないという聖域は健在のようです。神社とは「時は過ぎても、あるがままにある」自然崇拝の場であるとも言えるでしょう。



最終章 伝統建築工芸に隠れた生命の本質


人類含め、生命は自己複製という破壊と再生を繰り返しながら何十億年という想像すら出来ない時間を生き延びて来ました。目に見えないバクテリア、貝や魚、地を這う虫、獣から私たちまで、今生きている生命の持つ遺伝 子は、数多の危機を乗り越えながら綿々と命を引継ぎ、固体としての死はあったものの、客観的な意味で遺伝子としての死を一度も経験していません。私たちを 構成している原子の98%は、飲食と排泄のサイクルにより1年で入れ替わります。久しぶりに出会った友人は、過去の友人と原子レベルではすっかり入れ替わっているのですが、私たちはそれに気づく事はありません。生命の面白い一面です。

カール・セーガンの元妻であり著名な生物学者であったリン・マーギュリスは、オランダ人の抽象画家であるウィレム・デ・クーニングの言った「同じでいるために変わらなければならない」という一見矛盾している言葉を聞き、それが「生命のエッセンスであり進化の源泉」であると言いました。

最終回である今回は、伊勢神宮の遷宮に関してお話します。遷宮は「常若(とこわか)」と言い、文字通り常に若くある様、20年ごとに国の魂を生まれ 変わらせ、若返らせる儀式です。太陽と日本に関しては、第一章でお話しましたが、伊勢神宮で祀られているのは天照大神という農耕を生業として来た日本人が 最高位に崇める女性の太陽神です。この天照大神を奉るお社を20年ごとに建て替えるのです。世界中で失われつつある伝統、おしなべて均一化される文化。それは、古い歴史を持つ日本も例外ではありません。短い時間で流れ去るだけの最新トレンドの波に飛び込み狂喜する人々は、最先端技術に裏打ちされた意匠の奇抜さだけを競い合う現代建築に埋もれる事を喜びとします。建築家のブルーノ・タウトは、伊勢神宮の存在を、哲学的、精神的に本当の建築であると言いました。遷宮は国内外の戦争による国難の際には中断されたこともありますが、西暦690年から行われている行事です。

この建設には、檜が用いられます。檜は日本と台湾にのみ生育する針葉樹の木で、日本建築において最高級の建材と言われています。檜の放つ芳香は日本 人が大好きな香りでもあり、檜でつくられた風呂はとても贅沢な風呂です。そして非常に丈夫な木でもあり、建築に用いられた場合、1000年以上も持つ場合 もあります。遷宮には樹齢200年以上の木が必要とされるので、何世代にも渡る非常に長期な育成計画がされています。式年遷宮で解体された古い檜木材は、決して破棄される事無く日本全国の神社に渡り再利用されるのです。

この20年ごとの遷宮には、技術の継承、伝承としての利点もあります。10-20代で見習いとして入ってきた技師は2回目の遷宮で中堅として働き、50-60代を迎える3回目の遷宮では後輩の指導的立場になるのです。傍ら、20年単位の遷宮に必要な建材である、檜の調達と言う100年単位の長期的な 計画の中で、人生をかけた仕事の成果を見ずに人生を終えるのにも関わらず、自分の持ち場を徹底的に守り働く人々も居ます。古い歴史を持つ技術国の日本ですが、わずか70年前に造った戦艦大和の主砲を現在造る事はすでに出来ないそうです。技術は継承されないと失われ文献や博物館の中の資料で想像するしか出来ないものとなります。遷宮は、宗教・哲学的な意味の他に、千年、数百年前の建築及び工芸手法を現代人が体感できる非常に貴重な文化遺産なのです。

伊勢神宮では365日、毎日何かしらの祭事が行われており、さらなる20年後の遷宮に向けて神具等の工芸品類が綿々と作られています。それはまるで「一つの存在であり続ける為に絶えず変わらなければならない」という、マーギュリスが、生命のエッセンスとして引用した抽象画家の言葉と重なる様に僕は思います。人に目が2つある理由、鼻の穴が2つある理由、指が5本ある理由をご存知でしょうか?生命史を読み解けばしっかりとした理由があります。生命のデザインだけでなく、長い歴史を持つ全ての意匠には、その形である理由、それが受け継がれている理由があるのです。18世紀、哲学者ヴォルテールは、「もし神が存在しないのなら発明しなければならない」と主張し、その1世紀後、ニーチェは「神は死んだ」と宣言しました。日本において、神(ここでは自然と捉えましょう)は人を創り出し、人が森羅万象に神々を投影しています。魂の抜けた体が生前の輝きを失うように、 継承を止めてしまえば神の居所を無くしてしまうのです。

長い時代を超えて愛される工芸品には美、技とさまざまな愛される理由があります。小皿から建築素材まで、親が子や孫に途絶えなく繁栄を願う様に、技を失わないよう、綿々と受け継いできた職人達の魂が刻み込まれているからです。仕事として伝統工芸の技を受け継ぐ事に、論理的な理由を見つけることは困難なのかもしれません。ただ、それが正しい事で、自分が一生をかけてすべき事なのだと師匠から代々受け継がれ守って来た事なのです。思考停止だ、ロボットだと革新を好む人たちは言うかもしれません。しかし、生命のエッセンスは、代謝を続けながら本質を受け継ぐ事を良しとしています。様々な生き物が生を喜んでいるのを見るに、それは美しく正しい事のように思えます。伝統工芸に触れ、愛でるとき、目と肌でその実在を感じますが、皆様は職人達が長い間紡いで来た無形な意思も得ることになるのです。



テディ・クックスウェル
文化施設デザイナー / イラストレーター






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